病理・細胞診検査室における作業環境に関するアンケート

病理・細胞診検査室における作業環境」というテーマで研修会を企画し、作業環境測定士ならびに病理の環境改善の商品を中心に販売しておられるファルマの方に講演を依頼した。

講演に先立ち、現状の把握のためにアンケート調査を実施し、その結果をアンケート内の各項目の概要と併せて報告する。


 

検査室内の換気については、充分な換気が望まれるが、アンケート調査の結果では、「空調の設置」に加えて「換気扇」および「ドラフトチャンバー」の両方を設置している施設は、全体の26%に留まっている。「ドラフトチャンバー」のみ、あるいは「換気扇」のみを追加設置している施設が48%と大半を占めており、多くの施設において、より充実する余地がある。特に、「空調の設置」のみという施設が26%もあり、換気施設を追加していない病理検査室が数多くみられ、速やかな改善が望まれる。

ドラフトチャンバーに関しては、開口部が大きくなると、空気の吸引力が低下し、有機溶剤の蒸気が外に漏れてしまう。

また、発散源を外に置いて作業をしては、効果があくなるため、それらの点に注意することも大切である。

検査室内の換気を充分に行っているつもりでも、実際の有機溶剤などの室内濃度を測定してみないと、これらの換気設備が適切に機能しているか検証できないため、作業環境の実態を確認することが必要である。

空気中の有機溶剤濃度については、測定を行っている施設は、5施設あり、全体の26%であった。一方、行っていない施設は74%と大多数を占めていた。

有機溶剤の測定を行っている施設では、キシレンの濃度測定を5施設全て実施しており、施設毎にホルムアルデヒド、クロロホルムの追加がみられた。いずれの項目においても、六ヶ月毎に測定している。

労働安全衛生法施行令、および有機溶剤中毒予防規則では、第一種有機溶剤、第二種有機溶剤を取り扱う屋内作業場の有機溶剤濃度を、六ヶ月以内ごとに測定しなければならない。病理検査室で頻繁に使用されるキシレンは、第二種有機溶剤である。

ホルマリンに関しては、近年、シックハウス症候群などが問題になり、平成14年に「職域における室内空気中のホルムアルデヒド濃度のためのガイドライン」が制定された。

職場の濃度が、基準値を越えている場合は、換気装置の設置や増設、または継続的な換気の励行などを行う必要がある。

 

有機溶剤作業主任者、および特定化学物質等作業主任者に関しては、「両者ともいる」施設は16%である一方、「両者ともいない」あるいは「両者の資格を知らない」と答えた施設が79%と大多数であった。

 

 

 

有機溶剤中毒予防規則では、中毒の発生を防止するために54種類の有機溶剤を三つのグループに分け、諸規定を定めている。

単一物質で有害性の程度が高く、しかも蒸気圧が高い有機溶剤を「第一種有機溶剤等」に区分し、それ以外を「第二種有機溶剤等」に区分している。「第三種有機溶剤等」の多くは石油系や植物系溶剤である。

病理検査室で、日常使用するアセトン、アルコール類、キシレンは、「第二種有機溶剤等」に区分されており、これらの使用に際しては、有機溶剤作業主任者の選任が必要である。

 

 

 

特定化学物質等障害予防規則では、特定化学物質、特に毒性や危険性の強い物から労働者の健康障害を防止するために諸規定を定めている。

病理検査室で、日常使用するアンモニアや硝酸、硫酸、ホルムアルデヒドなどが指定されている。これらの使用に際しては、特定化学物質等作業主任者の選任が必要である

 

職場の健康診断は、79%の職場で実施されているが、多くの場合、共通健診項目のみ実施に留まり、共通健診項目に加えて尿中指定蛋白項目を測定している施設は、21%であった。この尿中指定蛋白項目を測定している施設は、有機溶剤濃度の測定を実施していた5施設であった。

 

労働安全衛生関係法等により、労働者を一人でも雇う事業者は、健康診断を実施することが義務づけられている。

職場の健康診断として、一般健康診断と特殊健康診断があり、一般健康診断には「雇用時の健康診断」と「定期健康診断」、その他の健康診断がある。

「雇用時の健康診断」は、労働者を雇い入れた際に、「定期健康診断」は、一年以内ごとに一回、定期的に実施することが義務づけられている。

 

「雇用時の健康診断」と「定期健康診断」の診断項目では、既往歴、業務歴の調査や貧血、肝機能、尿検査、心電図などが義務づけられている。

「雇用時の健康診断」では、これら項目全てを実施しなければならないが、「定期健康診断」では、医師が必要でないと判断すれば項目を省略することができる。

 

一般健康診断に加えて、従事する作業により特殊健康診断を実施する必要がある。

これらのうち、有機溶剤業務健康診断および特定化学物質健康診断は、有機溶剤や特定化学物質を扱う人を対象に、その適用基準や健康診断の内容が定められている。

病理検査室で扱う特定化学物質は、第三類特定化学物質であるため、自覚症状のある場合や特殊な作業状況の場合に、特定化学物質健康診断の対象となる。

 

有機溶剤中毒予防規則に基づき、室内作業場等での有機溶剤業務従事者に対し、雇用時や配置換えの際、およびその後六ヶ月以内ごとに一回、定期的に有機溶剤業務健康診断を実施する必要がある。

既往歴や自覚症状の有無と共に、尿中蛋白や有機溶媒区分に応ずる項目の検査が義務づけられている。

 

有機溶剤区分に応じて検査項目が指定されており、厚生労働省は、キシレン作業従事者に対する必須項目として、尿中メチル馬尿酸を指定している。

メチル馬尿酸は、キシレンの代謝産物である。経気道的に肺から吸収されたキシレンは、主に肝臓で代謝され、その約95%がメチル馬尿酸として尿中に排泄される。そのため、キシレン暴露作業者、キシレン中毒、シンナー中毒者では、メチル馬尿酸が高値を示す。

万が一、職場の健康診断等で異常値がでた場合は、神経障害や副腎皮質、肝障害の精密検査を実施する必要がある。

 

試薬の管理方法について、医薬内外毒物や劇物を「施錠付きの試薬庫で管理している」または「特定の管理者によって管理している」施設が、89%であった一方で、施錠せず特定の管理者によって管理されていない施設も11%ほどあった。

試薬の盗難事故防止の面からも、施錠付き試薬庫での保管が望ましいのではないかと思われた。

 

アンケートに協力していただいた施設の病理検査室の、各行程における使用試薬と1ヶ月の使用量の一覧表。特定化学物質に指定されているホルマリンや有機溶剤であるアルコール、キシレン、アセトンなどを使用し、また、多量に使用している施設があることが分かる。

 

 

 

アンケート結果が、他の施設の現状と併せて、今後の方向性などを考える一つの材料となれば、幸いである。

低濃度の有機溶剤や特定化学物質による長期間の暴露が、人体にどのように影響するのかについては、まだ十分に解明されていない。だからこそ、病理検査室の日常業務に携わる私達は、作業環境や健康に注意を払わなければならないと考える。

 

文責:丸田淳子(野口病院)